2012年1月2日月曜日

【前編】2011年を振り返ってみる。




明けましておめでとうございます。


年も変わり、2012年になってしまいましたね。
結局大晦日までずっと仕事をしていた気がします。

2年連続で行っていた年末年始のぶらり旅にも行くことが出来なかったので、
今年は久しぶりに元旦を実家で迎えました。


1日は、実家でこれでもか、というくらいおせちやお雑煮を食べまくり、
甥、姪と遊び、親戚と酒を飲んでいました。

日も変わり、2日になるとちょっと落ち着いてきたので、
ここらで2011年を振り返ってみようかと思います。





というか、これを書こうと思ったのも、
仕事上の先輩であり、友人であり、尊敬するパパでもある西川さんが、
自身のブログで振り返りと抱負を書いていたので、ちょっと真似してみようかな、と。


ただ、2011年は、はっきり言って濃すぎる1年でした。
なので超長いエントリーになることでしょう。。



さて、どう書こうか。


いったん、時系列毎、と、トピック毎、で分けて書いてみようかな。



〜時系列で見る、僕の2011年〜


▼1月

1月は、年の初めから大きな事がありました。
◯活クラブ案件が忙しい中、事業部のマネージャと僕(当時アシマネ)の進退問題から、事業部全体での話し合いにまで発展し、みんなで時間をかけて、これからどうしていくか、という事を話し合っていました。
ただ今思えばここでしっかり話すことができたお陰で、この1年間やってこれた気がします。
(本木さん、多謝!)


▼2月

このあたりはもう、西川さんと一緒に前述の大型案件のディレクションを必死にやっていた気がする。
というかその思い出しか無い・・・


▼3月

1年の中でも一番濃くて、長くて、忘れられない月になりました。

月初は、例の大型案件のリリースを4月1日に迎えるべく、必死に構築作業に明け暮れていました。
それだけでも果てしなく、気が遠くなるくらい自分にはプレッシャーのかかる出来事でした。

ただその折、11日、震災が起きました。
そこからは、余震に怯えながら、そして被災地の惨状に心を痛めながら、仕事を進める毎日。
なんとも現実感の無い日々が続きました。


▼4月

震災も多少落ち着き、徐々に仕事に集中する事ができてきました。
年度が変わり、事業計画を作ったり、人事面でのやりとりが多く増えたりと、
マネージャとしての仕事が忙しい中、例の大型案件をリリースしたりと、
逆に地震の事を忘れられるくらい忙しかったです。

#ちなみに、この3、4月に行ったかものはしの報告書作成PJにて、
#今年一年に大きく影響する三人の人物、ようこさんと生駒さんと安田菜津紀さんに出会いました。


▼5月〜8月

報告書を作ったり、スタッフの退職を対応したり、、総会に出たり、もちろんIT事業部の案件管理を行ったりと、色々やってきたなぁ。

このあたりから、かものはしWEB(かもWEB)のリニューアル準備を初めていきました。
多分僕のかものはし最後の仕事になるんだろうな、と思いつつ。


▼9月

かもWEBのリニューアルチームとして、強力なアドバイザーと一緒にプロジェクトを進めていきました。
また、WEB用の写真撮影のため、こともあろうにデザイナーの生駒さんと一緒にカンボジアに行き、
フォトジャーナリストの安田菜津紀さんに依頼し、現地の写真を撮影してきました。
→詳しくはこちら

正直忙しすぎて観光はゼロだったけど、果てしなく有意義な渡航になりました。
(安田さん、生駒さん、多謝!)


▼10月

かもWEBがなかなかリリースできず、と同時に僕の退職ものびのびになってしまったのですが、
10月31日、ついにかものはし最終出勤日を迎えることに。


▼11月

ただ結局は11月はほぼ毎日かものはし事務所に出勤していた気がします笑。
と同時に、この時から、僕のフリーとしての仕事が始まりました。
これまで一緒に仕事をしてきた人達とチームを組み、案件に望む事に。


▼12月

リリースの手はずが全て整ったので、かもWEBを無事リリース。
晴れて僕の送別会も行なうことが出来ました(笑)。






という事で時系列に見る2011年でした。
これらの事象が全て同じ年に起きたとは思えないくらい、
本当に色々な事がありました。(上では書き切れないくらい!)





さて、次はトピック別に書いてみようかな。




〜トピック別に見る、僕の2011年〜


▼東日本大震災

震災の日、僕は事務所で作業をしていました。

最初は地震への恐怖よりも、仕事が出来ない事への焦りの方が大きかった気がします・・・
ただ、UST上で、東北の惨状を目の当たりにし、一気に血の気が引いて行きました。

ただごとではない、と。

そこからの数時間、いや数日間は、ずっと、
「自分は今、何をするべきなのか」
という自問自答を繰り返していた気がします。

日本中がパニック状態、テレビでは惨状を流し続ける。
都内も交通が麻痺し、余震も続いている。

でも、目の前にはリリースを控えた案件がある。

こんな時に仕事をしている場合か!と憤る僕と、
今作業を進めておかないと関わるみなさんに迷惑がかかる!と心配する僕、
この狭間でいつも悩んでいました。

でも幸いな事に渋谷事務所は大きな被害はなく、お客さんとも連絡が取れたので、
各方面に確認をした上で、リリースはずらすがこのまま無理のないよう、ただしっかりと作業を進めていく、
という結論になりました。

ちなみに震災の日、かものはしの周りにある緊急支援NGOから周りの団体に対して、IT技術者の緊急サポートの要請が出ていました。
内部のスタッフが被災地に向かってしまうので、事務局の人材が足りなく、情報発信や義援金集めをスピーディーに行えないとの事でした。

ちょうどかものはしの事務所の近く(青山)にピースウィンズさんという被災地支援活動を行なっている国際NGOがあり、そこからも要請が来ていたので、次の日に僕がお手伝いに行くことに。

幸いにも翌12日は土曜日だったので、終日ピースウィンズさんの事務所に篭り、
WEBの更新作業などをお手伝いさせていただきました。

現場の、第一線で活動している団体の中で作業をしていると、
東京で働きつつも、本当に目の前で惨劇が起きているのだな、という実感を感じる事ができ、非常に意義深い時間だったと思います。

週が明けても、日中はIT事業部の案件を進め、夜になれば災害IT支援に出かけ、
また事務所に戻ってくる、自宅にはシャワーと着替えのためだけに戻る、
そんな無我夢中な時間を過ごしていた気がします。

でも、良くも悪くも、この震災が、僕の今後の仕事のあり方に大きく影響していくと思います。

今、何をするべきなのか。
自分の価値を何に活かすべきなのか。


▼かものはしプロジェクトの退職

みなさんは、人生の中で5年以上同じコミュニティに属した事って、何がありますか?
恐らく僕くらいの年代の方だと、小学校くらいしかないと思います(笑)。
(もちろん転職せずにずっと働いている方もいらっしゃるかと思います)

僕はかものはしに、小学校に次ぐ長さ、5年半いました。

ただ小学校は、毎年クラスも変わるので、あまり一つのコミュニティにという印象はありません。
そういった意味でも、このかものはしという組織にいた5年半という時間は、人生の中で特別な色を持っています。
(そこで関わった人、行った仕事、成し得た物、全てに於いて)

それだけの長い時間過ごした団体ですから、辞める時も、何故辞めるのか、辞めたら次に何をするのか、
という事がとても重要になってきます。
今年はそういった事も考えないといけない、人生でも大きな節目になる一年でした。


▼人との出会い

この一年間、去年一年間と比べると、圧倒的に多くの人に出会いました。
量、質ともに。

大げさでもなく、何倍も違うと思います。

ではなぜか?

1、震災により、出会わざるを得なかった人
2、かものはしの広報担当になった事で出会った人
3、出会った人から広がる、さらに出会う人

大きな点としては、この3つだと思います。

まず1点目は、震災により、お互いが助け合う事で、多くの人に出会いました。
多分、震災が無ければ出会うことの無い人達。
でもそういった出会いをすると、より深い繋がりになる気がします。

2点目が去年までと違い、大きなきっかけとなった点。
広報をする事で、外部のアドバイザー、デザイナー、カメラマン、ライター、そして他団体の方々、などなど、多くの方と出会い、多くのインプットを得ることが出来ました。

そして3点目。これが今年は半端無く大きい。

「人は繋がるものだ」という事を人生で一番意識させられた年でした。

例えば広報活動をしている中で、仕事上の出会いが1つある。
その1つから、2つの出会いが生まれる。
またその2つから、6つの出会いが生まれる、といった出会いの連鎖です。

特に、今年出会った人たちの人間力、ネットワークが魅力的な事もあり、
そこから多くの人に出会う事ができました。

また、ソーシャルメディアも相乗効果となり、
ネット上だけで繋がる人もいれば、ネットで繋がって一度だけ会う人もいたり、
昔の旧友に10年振りくらいに繋がったり、リアルと非リアル合わせると、ものすごい数の出会いがありました。

ただ、こういった今年一年間の出会いを振り返ると、
僕はかものはしプロジェクトという、本当に魅力的な団体にいた事で、自分の魅力を何倍にも膨らましていただいたのだなぁ、と深く感じるのです。
(そのおかげで出会えた人が大多数なのです)


▼甥と姪

多分僕の周りにいる人の中に、こう思った人は少なくないと思います。

「あいつ、実家帰りすぎだよ」

と。

だってしょうがないじゃない。
甥っ子と姪っ子が激しく可愛いのですから。

震災に、仕事に、激動な一年で、正直疲れるのです。
そんな僕にとって、一番の癒しは甥っ子と姪っ子なのです。






という訳で、新年早々長いエントリーになってしまいましたが、、
僕の2011年はこんな感じでした。


2012年は、この2011年を超える、濃厚な一年にしたいと思います。
(2012年の抱負はまた別エントリーで書こ・・・)